山元町産 伊達むらさき    (金時草)


by tyama2001

大津波

大津波の報告

1911年3月11日午後、5mほどの大津波が私の屋敷を襲いました。幸い私の家族は家にいなかった為、一命を保つことは出来ました。しかし、屋敷内の母屋と土蔵は完全に壊されて洗い流されました。残された屋敷はなにもない平地のようにみえます(災害後)。近所の家々も比較的新しい少しの家屋を覗いて洗い流されている様子は災害前の地図と比較するとよく分かると思います。近くの方で4人が行方不明となりました。

地震当日、私はトランペット教室のため仙台行きの電車に乗ってい仙台付近で地震にあい電車を下ろされましたので助かりました。持っていたものはトランペットだけでしたのでこれが全財産となりました。
妻の教子は友人と会食中に地震にあいいったん家に帰った後役場の避難場所にスカイラインでゆきました。地震と大津波の間には約30分時間がありましたので助かったわけです。彼女の全財産はスカイラインとなりました。
(山下 努)

I and my wife are both safely staying in our doughters house in Yokohama.
But our house completely disappered by giant tsunami ,more than 5
meters hight in our town . Sevral my friends in neighbers are not yet
return to us.
(reported by Yamasita Tsutomu)

e0102418_15441813.jpg
e0102418_1544712.jpg

[PR]
by tyama2001 | 2011-03-16 16:13 | 亘理・山元ニュース